元気です!

2016.04.26.Tue.16:11
ピックル「この部屋壊れたって言ってなかったっけ」


皆さん先日の記事にはたくさんの励ましのコメント、拍手を頂き、本当にありがとうございました。
元気にやってます。
地震でヒビが入ったり割れたりした箇所はあったのでもう使えないかなあと思ったドール用和室ですが、幸い裏側とか端っことか目立たない場所の破損だったのでこうして復活させることができました。
プチ用和室の畳が1枚見つけられなかったりとか、小物が微妙に足りなかったりするのですが、まあそのうち見つかるでしょう。

地震で感じたこと、考えたことなども書くので、長いですし、どうぞ読み飛ばして下さいね。


ピックル「なんかハーゲンダッツいっぱいあるんだけど、一緒に食べない?」
プチ「嬉しー!」
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プチ「わざわざ狭い方で食べなくてもいいんじゃない?」
ピックル「狭いとこ落ち着く…」
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お人形達もたぶん皆無事でした。
揺れが随分落ち着いてきたので飾れる子は飾っています。今までは10人くらい居間に飾って、他の子は背の高いイケアのガラスケースに収納していました。今回の地震で2度も倒れた(1度目倒れた後、もう大丈夫だろうと起こしてしまった)にも関わらず割れなかったのですが、やっぱりまた倒れてガラスが飛び散ったら…と考えると使う気になかなかなれません。固定も難しいしなあ。
↓現在のブライス達(一部)の様子


忘れないうちに書きとめておきたいと思います。
14日21時26分の地震のときは夫が出張で宮崎にいたため、私と子供だけでした。
私はのんきにコタツでテレビを観ていました、確か櫻井くんの出ているバラエティーで。
何の前触れもなくやってきた突然のすさまじい揺れに頭が真っ白になり、ただただ情けない声をあげていたと思います。はっと我に返って「子供!子供子供子供!!」と布団に駆け寄れたのは何秒後だったか…。
その日早めに眠りについた子供たちはぐっすり寝入っていて、激しい揺れにも気が付いておらず、半ばひきずるようにして玄関のドアの外に出しました。少し寒かったので急いで子供の上着も取りました。携帯電話ははじめから持っていたように思いますがよく覚えていません。停電はあったけど、すぐに戻ったので灯りには困りませんでした。
でももし真っ暗だったら、もっと焦ったと思います。
とりあえず外に出たもののどう動いたらいいかわからずにいると、近所のお話したこともない私と同じくらいの子供を連れたお母さんが「うちの車にとりあえず一緒に避難しませんか」と同乗させてくれました。その方のお宅もご主人がまだ残業で帰ってきていませんでした。話ができる人がいるだけで少し落ちつけました。
車中で夫にラインで連絡を取れました。スマホはいつも寝ている間に充電をするので、もう20%弱くらいしか充電が残っていなかったと思います。姉や親族、友人たちから大丈夫?無事?という連絡が次から次とラインに入りました。脚の力が抜けて、ぶるぶる震えました。充電が切れて夫と連絡がつかなくなることが心配でした。

車に乗っていても余震の揺れが恐ろしいほど強いしその方の旦那さんも無事帰ってきたので、お礼を言って、住宅内の公園に移動して避難しました。1時間程いたでしょうか、余震の揺れがだいぶ小さくなってきたように感じたので、夫がラインで勧めてきたように車中泊することにしました。家に戻るのは怖かったけど、ガスの元栓を確認しブレーカーを落としてキャンプ用の寝袋などを運び入れました。

2日目。
1日目からずっとずっと救急車や消防車、ヘリコプターの音が鳴りやむことが無く、異様な感じがしました。すごく良い天気で不思議な気持ちでした。
車から家に戻り、片付けをしました。大物の家具は倒れていないし、食器棚すら無事でした。交通の関係で帰って来れないかもしれないと言っていた夫が夜に帰ってきました。すごくほっとしました。
ただ、1日目に関しては夫はいなくて正解でした。夫が普段寝ている場所、ちょうど頭のあたりにタンスが倒れていたので。まだ早い時間だったとは言え、疲れているときは早めに床に入ることもありますし。
このまま余震は静まって行くと信じていたので、片付けを少しして、一応いつでも出られる準備をして、家で寝ました。
そうして1時25分頃、またとても大きな地震が起こりました。1日目と同じく情けない声をあげてしまいましたが、2度目なので幾分かは落ち着いていたようです、脚は震えませんでした。
すぐにまた車中泊することに決めました。逃げ出すときは余裕が無くて全く見ることができませんでしたが、荷物など取りに戻った夫によると、1日目は大丈夫だった(動いたりはしてたけど)食器棚や冷蔵庫が倒れていたということでした。

車中泊は合計4日、それでもエコノミークラス症候群が心配になるくらい体が痛みました。
今も続けている方達がいるなんて、本当にお辛いことと思います。
1日目にしろ、2日目にしろ、いた場所や揺れた時間が少しでも違っていたら命を落としていたと思いました。死がよぎる瞬間というものはあるのでしょうが、私はそのときは何も考えられず、後から落ち着いて考えて「死んだかもしれなかった」と思いました。
けがもなく、家族とこうしていられること、本当に幸せに思います。車中泊の間も、無事だった炊飯器でご飯を炊いておにぎりを握って食べることができました。少し落ちつくと、スーパーが在庫を安く売ってくれたり、お菓子を無料で子供たちに配ってくれたりもしました。皆同じ被災者なのに働いてくれている人がたくさんいました。物資が届いたから持っていかないかと声をかけられることもありました。
今では近所の3つあるスーパーのうち1つが営業を再開したので生鮮食品や野菜すら手に入ります。断水はありましたが復旧は早かったし、トイレも自宅のものがずっと使えたのでそれも助かりました。
そして家に戻ってプライバシーの守られた生活ができることがとてもありがたい。避難所の方はのびのびできないし、感染症の心配、トイレの不自由。これからの生活が見えない…怖い思いもきっとなさっているでしょう。

お風呂に入れないのは辛いけど、逆に少しだけ沸かしたお湯で体や頭を効率よく洗うのが上手になり、「これだけでなんとか最低限の清潔さを保てるものなんだ…」と驚きもしました。夏なら話は別ですが。
ガスボンベと電子レンジ、電気ケトルを利用して普段と変わらないような料理も作れています。普段が適当すぎるというのもあるけど。電気ケトルがこんなに便利なものとは。レンジで下ごしらえや仕上げをすればよく火を通すこともできるし、その点でも何とかなるものだ、と驚いています。もちろん水と電気が来て無ければ無理な話ですが…。
大変な状態だった部屋も少しは片付いて来ました。ただ私の趣味関係…人形・ミニチュア趣味であることを少し後悔するくらい悲惨な散乱状態でした。今、棚が使えなくなったりで、全部を元通りには飾れずちょっと困ってます…袋や箱に入れてしまっておくしかないか。

朗報は、もしかすると今日はガスが復旧するかもしれないということです。
先日銭湯に一度行けたのですが、結構高いのでしょっちゅう行くわけにもいきません。お風呂に入れるかもしれないと思うと嬉しいです。

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パートしていた店がまだ危険で作業ができないということで仕事はまだ待機中です。
まだたった2日しか通っていない娘の小学校の再開は5月10日の予定。

今日は子供を公園で遊ばせていたら、臨月の妊婦さんとそのお子さんたちがいてお話をしました。
妊娠しているだけでも大変なのに…。ご実家の方がひどいので帰省もできないそうで。少しでも落ち着いてから生まれて来て欲しいとおっしゃっていました。
色んな方がいます。きっと4月に引っ越してきたばかりで全部荷ほどきすらしていない人なんかもいますよね。
私はもう熊本に来て7年目ですが。もうそろそろ転勤なのかなあとか思っていた矢先、まさかでした。


未だにちょっとだけ信じられません。
どこにでも災害は起こり得ます。
読んで下さった方、ごちゃごちゃまとまらない文章ですみません。


熊本市民ですが、大分出身なので両方のフチ子さんを以前から飾ってます。
まさかこんな日が来るとは…
実家は激しく揺れた地域からは離れているので無事でした。
熊本、大分、平穏な毎日が一日も早く戻りますように。
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ご訪問・拍手・コメントありがとうございます。
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